コンテスト
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土曜・日曜や祝祭日には、時々「CQコンテスト」や「CQ TEST」といった呼び出しが聞かれます。
興味・関心の無い方にとっては、急にバンドが賑やかになって、混信が増えるだけかもしれません。先日のオールアジア・電話のコンテスト中に7MHzでは、DXにナンバーを送るJAが次々に聞こえるので「何のコンテストか知らんが、うるさいな〜」と怒ってラグチューされている方がいました。Hi
アマチュア無線の楽しみ方は色々あって、「これが絶対」といったものはありませんが、自分は結構コンテストが好きで、色々なコンテストに参加しています。
アマチュア無縁を始めたころは、「多くの交信ができる」「普段できない地域と交信できる」という利点からコンテストに参加するようになりました。
ただ、開局して最初のコンテストは運用技術に自信がなく、恐怖感もあって電波を出さずにずっと聞いていました。(開局前にSWLを2年ほどやっていて要領はわかっていたはずですが、本当に怖かったのです)

JARL主催の「オールJA」が初参加でした。全市全郡の前身の「オールシティーコンテスト」にも参加しましたが、このころは得点よりもどこまで飛んだかに興味の対象がありました。最初の設備は、スカイエリート6という6mのAM機+TSQ6という無指向性のアンテナで、ロケーションの良くない名古屋市内の当時のHomeからは、3エリアや0エリアはもちろん、岐阜県や三重県の局と交信が成立するだけで感激していました。
しばらくして、マスプロの4エレ八木を屋根の上に立てましたが、遠距離の局が聞こえる度に屋根に上りアンテナを回すことをしていました。

おっと、昔話をするページではなかったですね。
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その後入学した高校のクラブ局ではオールJAだけ泊りがけ運用を許可されていました。1年生の時は、先輩が疲れてくるとCQだけを出させてもらいました。(今でいうボイスメモリだ!)
何人かの先輩たちは黙々とキーを叩いていて、随分格好よく見えました。「ハムをするなら、電信くらいできないでどうする」といった雰囲気が、今から考えると自分が電信を始めるきっかけでした。
もっともそのためか、部員は自分と同学年は4名(自分以外は全員YL)、 1学年下も3名という有様でしたが・・・
ともあれ、クラブ局を皆で運用する面白さをこのオールJAで教えられたような気がします。
クラブ局といえば、自分たちが作った地域クラブでは、長い間フィールドデーコンテストに参加してきました。
オペレーター毎にノルマ局数を設定して臨んだ時期もありましたが、メンバーが次々と進学・就職してばらばらになってからは年1回の集まりの場になり、酒を飲んで歓談することがメインになっていきました。やがて集まるメンバーが減ってしまい、現在は休止中です。
最高潮のころは、1R9のフルサイズダイポール(当時は1R9もFDにあった)や6mの6エレスタックを立てたのですが・・・(兵どもが夢のあと)・・・・ その様子を見てみる
またまた寄り道、失礼しました
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このフィールドデーの経験は、現在の移動運用にも随分生きています。2001年からは個人局での単独参加になっているFDですが、皆でわいわいやるのも面白いのでまた復活させたいと思います。
ともかく、 参加する目的(メリット)をこうして考えてくると、

@普段交信できない局(地域)と交信できる
A運用技術の向上
(CWが苦手な方も、59920Mのようにナンバーの交換のみなので参加しやすいです。また呼びに回れば、相手のコールとナンバーを何回か聞いてOKになってから交信できます)
B自信がついたら入賞を狙う。


賞状を手にして、JARLNewsや雑誌に自分のCallが載るのは気分の良いものです。

さて、自分なりにコンテストの楽しみ方を考えてみましたので、興味のある方は進んで下さい。

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